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           頸部聴診法

老年歯科医学 Vol. 28(2013) No. 4
頸部聴診法 Cervical Auscultation
大宿茂 Shigeru Ohyado
兵庫県立淡路医療センター 言語神経心理室
Section of Language Neuropsychology,Hyogo Prefectural Awaji Medical Center
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諸言
  摂食・嚥下障害の臨床において、嚥下造影検査(Videofluoroscopic Examination of swallowing 以下VF検査)は極めて重要な検査である。VF検査は、嚥下動作の全過程を一連の映像として観察できるだけでなく、微量誤嚥の有無、病態解析、食道期の評価、嚥下代償法の効果判定などの臨床に有用な情報を得ることができる。
  しかし、制約された状況下での検査であるため日常的な嚥下能力が検査時に再現されているかについては確定できない。心理的緊張、造影剤による味や食物の性状変化、姿勢の制限などから、false positive な結果、すなわち平常よりは不良な結果が出る可能性(worst swallow)がある一方で、検査する量が実際の嚥下量よりも少なくなりがちなこと、摂取時間が実際よりも短いことから、false negative な結果、すなわち実際よりは良好な結果が出る可能性(best swallow)もある1)。また、VF検査は被曝を伴い検査時間や検査回数に制限をうけるため、嚥下機能の安定度や経時的変化を評価することは容易ではない。VF検査で誤嚥が認められても実際の食事はなんら問題なく食べることができる症例、逆に誤嚥が認められなくても日常では誤嚥しているとしか考えられない症例を経験するのはこのような理由からである。
  頸部聴診法は、嚥下時に咽頭部で発生する嚥下音や呼吸音を頸部から聴診し、嚥下音や呼吸音の特徴及び発生するタイミングなどを聴取して、嚥下障害を評価する方法である。頸部聴診法はベッドサイドで簡便に実施できる方法であり、非侵襲的に嚥下能力を繰り返し判定できるため、患者の日常的な嚥下機能を評価できる。
 摂食・嚥下障害の臨床場面では、嚥下病態を評価することは重要なことであり、病態を判断できなければ間接訓練の手技も嚥下調整食の物性も決定することはできない。頸部聴診法はスクリーニングテストであるが、嚥下病態を判定するための多くの情報を与えてくれる。

頸部聴診法の歴史
  米国では、頸部聴診法は早くから普及しており、1950年代から頸部聴診法に係る報告が散見される2)3)。1980年代末から1990年代には盛んに報告され、1992年には、James F. Bosmaが主催する初の頸部聴診法ワークショップがボルチモアで開催され4)、ついで1994年にMichael E. Groher主催の第2回ワークショップが開かれている5)
  本邦では、1994年にTakahashiらが「Methodology for Detecting Swallowing Sounds」6)、「Acoustic Characteristics of Swallowing Sounds」7)を、1996年に大宿らが「嚥下障害の摂食試行における嚥下聴診の有用性」8)を、宇山らが「嚥下音と呼吸音の音響学的特徴―正常嚥下時と誤嚥時の比較」9)を、1997年に宇山らが「嚥下音と呼気音による嚥下障害診断法」10)をそれぞれ報告している。
  頸部聴診法は本邦でも普及しつつあり、特に言語聴覚士の間では、ベッドサイドアセスメントの一つとして定着した感がある。

嚥下音の生理学的機序

  嚥下時に産生される嚥下音の生理学的根拠は十分に解明されていないのが現状である。 
  加速度ピックアップを用いた音響分析では、嚥下音ははっきりとした特徴的な2つのクリック音、すなわち IDS(Initial Discrete Sound:最初のクリック音)と、FDS(Final Discrete Sound:最後のクリック音)、およびその間の食塊の流れの音BTS(Bolus Transit Sound)に分けられるが、3つの音は非常に短い時間に発生するので、聴診器では1つの音に聞こえる11)                                                                                                       
    中山ら12)は健常成人12名合計96の嚥下音を解析した。その結果、嚥下音の産生部位は、舌根部通過時が64.5%、喉頭蓋通過時が89.5%、食道入口部通過開始時87.5%、食道入口部通過途中が25.0%、食道入口部通過終了時が34.3%の頻度で出現し、最も多かった嚥下音産生部位は「舌根部通過時・喉頭蓋通過時・食道入口部通過時」のパターンであったと報告している。また、Selleyら13)は、嚥下音の産生部位について、最初のクリック音は、喉頭挙上と喉頭蓋反転が完成し食塊の先端が咽頭と食道の境界点すなわち食道入口部に達した時に、最後のクリック音は、食塊の後端が食道に入りきろうとする瞬間に(音は4/25秒継続)、2つのクリック音の間に弱い食塊の流動音がそれぞれ確認されたと述べている。吉川ら14)は嚥下障害患者と健常成人の嚥下音を検討し、最大嚥下音は食塊とともに移動する空気が第5頚椎付近すなわち食道入口部へ達した際に特徴的なピーク共振周波数(健常者:130Hz〜200Hz、嚥下障害患者:約400Hzを示す症例もある)を示しながら発生することを報告し、嚥下音に空気塊が関与している可能性を示唆している。
   嚥下音の音圧に関しては、液体と固形物では液体の方が、低粘度の液体と高粘度の液体では低粘度の液体の方が、嚥下量では多い方が、女性より男性の方が、それぞれより大きな音圧レベルで明瞭な嚥下音が産生される15)

嚥下性無呼吸の生理学的機序
  嚥下性無呼吸(DA:Deglutition apnea)は、軟口蓋が挙上し食塊の先端が口腔から咽頭に入り始めた時、すなわち口峡を通過する瞬間に始まり、嚥下反射が終了し喉頭蓋が直立位に戻った時(舌骨も元の位置に戻る)に呼吸が再開すると考えられている13)
  小宮山ら16)は、嚥下性無呼吸時間について調査し、健常成人における空嚥下の嚥下無呼吸時間は平均0.68秒、水嚥下では平均0.59秒で、咽頭粘膜を表面麻酔すると嚥下無呼吸時間は確実に延長すると述べ、加えて、千坂ら17)は、高齢者の嚥下性無呼吸時間は若年者より有意に延長し、女性は男性より長く、食塊の量が増えるに従って長くなると報告している。食塊が咽頭内を通過している間は呼吸を再開できないことから、嚥下性無呼吸時間は食塊の咽頭通過時間の影響を受けることが容易に推測される。高齢者や嚥下障害者は、咽頭収縮や食道入口部の機能が低下していることが多いために、食塊の咽頭通過時間が延長し、若年健常者に比べ嚥下性無呼吸時間が延長すると考えられる18)

頸部聴診の評価方法
  聴診器は広く普及しているものを利用することができる。チェストピースは材質が重い金属ほど聴取性能は良く(軽い金属やプラスチックは音を吸収する)接触面積が大きいほど聴取し易いが、大きいものは頸部表皮に密着しにくいという欠点がある。頸部は狭く、羸痩患者への対応なども考慮すると、チェストピースが小型の小児用や乳児用聴診器の方が扱いは容易である。
  チェストピースはダイアフラム型接触子(Diaphragm Mode)とベル型接触子(Bell Mode)を選択できる構造になっている。ダイアフラム型は、呼吸音・呼吸雑音などの高い周波数領域を聴くのに適し、ベル型は、心音・心雑音・血管音などの低い周波数領域を聴くのに適している。頸部聴診法においては、どちらの接触子を用いても評価は可能である(図1)。
  また、複数の検査者で同時に判定したい場合や、聴診音の特徴を初心者に指導する場合などには、著者らが採用した咽喉マイクと拡声器を使用すると有用である(図2)。
  聴診部位について、加速度ピックアップや小型マイクロフォンなどを利用した音響解析では、輪状軟骨直下気管外側上が聴診部位として適していると報告されているが6)、聴診器を利用する場合は、狭い頸部上でピンポイントに固定することは難しい。実際の臨床では、喉頭挙上を阻害しないよう、正中部を避けた喉頭の側面、胸鎖乳突筋の前方付近を目安にする(図3)。
  評価に使う検査食に制限はない。原疾患や事前に収集した病歴・身体所見などの情報から、嚥下しやすいと考えられる食形態から始める。一般的には均質なゲル状食品や粘稠液状食品などから導入されることが多い。必要に応じて粥食、ペーストやピューレ状食品、液体などを使用してもよい。
  実際の評価場面では視診や喉頭触診、パルスオキシメトリなども併用しながら総合的に評価する。体位は、臥位でも座位でも可能である。聴診開始時の呼吸音が判定の基準となるため、評価前に分泌物貯留音が聴取された場合は咳嗽やhuffing、吸引などで除去する。患者は緊張していると嚥下後の再開呼吸を遅らせてしまう場合があるので、「飲み終わったら普段通り息をしてください」と指導しておく。異常な嚥下音や呼吸音が聴取された場合には、検査食の物性や一口量を変更したり、体位などを調整しながら病態を絞り込んでいく。
  健常者では、聴診を開始すると呼吸音が聴取される。咀嚼を要する食物を口に入れると咀嚼音が聴こえる。健常者では「飲み込んで下さい」と指示すると直後に力強い嚥下音が聴取されるが、嚥下反射の約70%が呼気相に惹起され、嚥下後の呼吸は約90%以上が呼気から再開する16)。嚥下が吸気相に惹起したり、嚥下後の呼吸が吸気から再開したりする場合は、嚥下障害が示唆される。
  健常者では、液体で15cc〜20cc程度、固形物で3g〜5g程度を一回の嚥下で飲みきるが、口腔や咽頭の粘膜に少量残留した場合は、追加嚥下でクリアすることがある。嚥下音は概ね0.8秒以内に終了するが、この間呼吸は停止し、嚥下が終了すると再開呼吸音が聴取される(図4)。

嚥下音・呼吸音の判定方法(表1・表2)
  図5の黒塗り部位(中咽頭・下咽頭・喉頭前庭)に食塊や分泌物が存在する場合には、振動音由来の湿性音が呼吸時に聴取されるが、呼吸流量が少ない場合は食塊が振動しないために湿性音は発生しなくなる。また、少量の食塊が梨状窩に貯留している場合や誤嚥物が声帯より深部まで侵入した場合にも湿性音は発生しないことに留意する。嚥下音と湿性音の時間的関係を考察すると嚥下病態を判定できる。
  意識障害や認知症に因る食物認知障害、口腔期の送り込み障害などの原因で食塊が咽頭に送り込まれていない場合には、嚥下音は聴取されない。食塊が咽頭に移送されているにもかかわらず嚥下反射が遅延する或いは惹起されない場合も同様になるが、口腔内の食塊の有無を確認することで判別できる。
  嚥下前の呼吸時に湿性音が聴取される場合は、食塊が咽頭や喉頭内に存在することを示しており、嚥下反射が遅延している所見となる。
  嚥下時の“ギュッ”という努力性の異常な音は、食道入口部通過障害が示唆される。この異常音の発生機序は不明であるが、空嚥下(食塊が咽頭内に存在しない)でも聴取されることから、上部食道括約筋の弛緩が十分でないために、行き場を失った嚥下圧が漏れる時に発生することが考えられる。大きな空気塊を嚥下した時にも同類の異常音が聴取されることがあり、両者の区別に注意が必要である。
  長い嚥下音(嚥下音持続時間延長)・弱い嚥下音・繰り返しの嚥下音(複数回嚥下)は、舌による送り込みの障害・咽頭収縮の減弱・喉頭挙上障害・食道入口部の弛緩不全などの所見となる。長い嚥下音は咽頭収縮減弱(嚥下圧不足)などに起因する食塊の咽頭通過時間延長を反映していることが考えられる。咽頭収縮の減弱・喉頭挙上障害・食道入口部の弛緩障害などの機能的障害があれば、結果として咽頭残留を招く。食物が咽頭に残留した場合、咽頭の感覚が正常であれば、嚥下を複数回繰り返すことで食塊をクリアしようとする反応がみられる。  嚥下時の泡立ち音(bubbling sound)は、長い嚥下音や前述の“ギュッ”という努力性の異常な音との判別に迷うことがある。泡立ち音は、軟口蓋挙上不全に因る鼻咽腔逆流の場合に聴取されることがあり、その結果起こり得る咽頭残留や嚥下反射のタイミングのずれによる誤嚥も想定しておく。
  山本ら21)は、病的嚥下音の聴覚印象について検討し、正常群では1khz以上の高い周波数成分を含んだ明瞭で軽いクリック音、誤嚥群では500hz以下の低周波数成分が多く“ギュー”などの不明瞭な努力性の音、喉頭蓋谷残留群では“ゴゴゴッ”などの不明瞭な連続音、食道入ロ部開大不全群では“ゴッゴッ”などの弱い不連続性音が特徴であったと報告している。
  むせに伴う喀出音は喉頭侵入・誤嚥を示すが、むせるタイミングによって病態は異なる。嚥下反射前にむせる場合は、嚥下反射遅延に因る食塊の喉頭侵入が考えられ、嚥下直後のむせは、喉頭蓋反転不全などの気道閉鎖機能低下が疑われるが、嚥下反射遅延に因り梨状窩まで流入した食塊が嚥下時に押し出され喉頭に侵入した場合にもみられる。嚥下後(しばらく後または複数回の嚥下後)のむせは、咽頭に残留した食物が喉頭侵入・誤嚥した時に観察される。
  嚥下音の合間の呼吸音は呼吸・嚥下パターンの失調や誤嚥・喉頭侵入が示唆される。健常者では嚥下時には無呼吸であるが、複数回の嚥下を繰り返す間に呼吸音が聴取される場合には、喉頭侵入や誤嚥が発生している可能性がある。
  嚥下後の呼吸時の湿性音・嗽音・液体の振動音は、咽頭部の貯留・喉頭侵入・誤嚥の可能性があり、特に液体の振動音と嗽音は不顕性誤嚥において聴取されることが多い22)。また、喘鳴様呼吸音、うなり声、声帯運動を伴う呼吸音、呼吸音の増大、呼吸リズムの変化なども不顕性誤嚥の兆候と考えられている。
  嚥下後に、呼吸や嚥下に同期しないタイミングで “ジュジュッ”という音が聴取される場合は、食道咽頭逆流が示唆される。食塊が食道から下咽頭へ向かって逆流する音と考えられる。

まとめ
  頸部聴診法は、VF検査や嚥下内視鏡検査のような詳細な評価法ではないが、嚥下障害のスクリーニング法として高い利用価値がある。
  頸部聴診法の評価精度について次のような報告がある。37症例を対象に、歯科医師、言語聴覚士、看護師からなる医療従事者に、嚥下障害(喉頭侵入・誤嚥・咽頭残留)の有無を頸部聴診法で判別させた調査では80%以上の一致率で判定できたと報告されている。この時の評価者6名の内4名は頸部聴診法の未経験者であり、経験に左右させず嚥下障害の有無を評価できることが示されている23)。また、音響分析による検討では、嚥下音の持続時間0.72秒と呼気音の0〜250Hz帯域の補正音圧レベル22.0dBを臨界値とし、両者とも臨界値を超える場合を嚥下障害とすると、感度90.8、特異度92.3、判定一致率91.0の高い一致率で嚥下障害を判別できたと報告されている24)
  頸部聴診法は日常的臨床場面で簡便に実施できる方法であり、評価の効率(情報の質と量/テストに要するエネルギー)という面からも推奨できる。異常音の発生機序については未だ不明な点もあるが、今後、音響分析やVF所見と聴診音・呼吸音の対照研究が蓄積されることにより、さらに精度の高い客観的評価法に発展していくことが期待される。
























引用文献
1)日本摂食・嚥下リハビリテーション学会医療検討委員会:嚥下造影の検査法(詳細版) 日本摂食・嚥下リハビリテーション学会医療検討委員会2011版案,日本摂食・嚥下リハビリテーション学会雑誌,15(1):76-95,2011.
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3)Russel WR:poliomyelitis,London,Arnold,1956.
4)James F. Bosma and Michael E.Groher:Minute Workshop on Cervical Auscultation of Feeding,1-63,1992.
5)Michael E.Groher:Minute Second Worksh on Cervical Auscultation,1-71,1994.
6)Takahashi K,Groher ME, et al.:Methodology for Detecting Swallowing Sounds. Dysphagia9:54-62,1994.
7)Takahashi K,Groher ME, et al.:Acoustic Characteristics of Swallowing Sounds.Minute 2nd Workshop on Cervical Auscultation of Feeding:40-44,1994.
8)大宿茂,桑村圭一,斉藤実:嚥下障害の摂食試行における「嚥下聴診」の有用性,第2回日本摂食・嚥下リハビリテーション研究会抄録,40,1996.
9)宇山理沙,高橋浩二,山下夕香里,横山美加,道健一ら:嚥下音と呼吸音の音響学的特徴―正常嚥下時と誤嚥時の比較,第2回日本摂食・嚥下リハビリテーション研究会抄録,41,1996.
10)宇山理紗,高橋浩二,平野薫,道健一:嚥下音と呼気音による嚥下障害診断法,日本摂食・嚥下リハビリテーション学会雑誌, 1(1):131,1997.
11)清水良昭:頸部聴診法の臨床応用,歯界展望,116(2): 358-359,2010.
12)中山裕司,高橋浩二,宇山理紗,平野薫,南雲正男:嚥下音産生機序の検討 -健常成人を対象として-,日本摂食・嚥下リハビリテーション学会雑誌,9(3):375,2005.
13)Selley WG,Ellis RE,Flack FC,Bayliss CR,Pearce VR:The synchronization of respiration and swallow sounds with videofluoroscopy during swallowing.Dysphagia,9(3):162-167, 1994.
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16)小宮山荘太郎,宮崎洋,山下弘之:咽頭の生理と病態機能からみた特徴,日気食会報,42(2),111-115,1991.
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